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アレキサンダーマックイーン

アレキサンダーマックイーンは1992年にブランドをスタート。タクシードライバーの息子として生まれ、中学卒業後、パブで働いていたが長くは続かず、ある日仕立て屋職人の業界が人手不足だということをニュースで見て、サヴィルローの仕立て職人の見習いとして働き出します。アンダーソン&シェパードとギーブス&ホークスで合計3年間働いた後、ロンドン拠点を置く日本人デザイナー、コウジタツノのもとで働き、その後ロメオジリのもとでキャリアを積むため単身でイタリアへ渡ります。そして、ロンドンに戻った時に、イギリスの名門セントラルセントトマーチンズカレッジオブアートアンドデザインにパターンの講師として雇われます。

その後、同学校の大学院過程で学び、卒業コレクションが、雑誌VOGUEの編集長の目に止まり、それがきっかけとなりロンドンコレクションで華々しいデビューを飾ります。1993年に本格的にコレクション発表をスタートし、1996年にはジバンシーのデザイナーに抜擢され、〝ブリティッシュデザイナーオブジイヤー〟を受賞します。

2000年には、マックイーン社の株をグッチグループに売却し、グッチグループ傘下に入ります。2006年S/Sシーズンより、セカンドライン〝マックキュー〟をスタートし、日本ではビアバスストップをはじめ、パルコなどの大手ファッションビルに店舗を構えています。コレクションラインは、欲しくても手が届かないほど高額であり、このマックキューの登場により、アレキサンダーマックイーンを着たいという日本の若者には嬉しい展開となりました。

ジョンガリアーノ

1985年に自身の名前をつけたブランド、ジョンガリアーノでロンドンコレクションデビュー。そして現在はクリスチャンディオールのデザイナーとして活躍しています。現在、トップデザイナーとして君臨するジョンガリアーノは、ロンドンの名門、セントラルセントマーチンズカレッジオブアート卒業後、卒業制作がセレクトショップ〝ブラウンズ〟のショーウィンドーを飾り、これがきっかけとなり、1985年にコレクションをスタートしました。デザインがあまりにも斬新すぎて市場に受けないとの理由で投資者との間で資金面の問題などもあり、コレクションを発表できない時期もありました。しかし、その後、彼の創造力は高く評価され、ジバンシーのデザイナーに抜擢されます。

1989年にオートクチュール協会の招待でコレクションを発表し、1991年にはパリコレクションの正式メンバーになります。これを機にコレクションの発表の場をロンドンからパリに移すことになります。1996年には、ジャンフランコフェレの後を次いで、クリスチャンディオールのデザイナーに就任。翌年ブリティッシュデザイナーオブジイアーを受賞します。自身の名を冠したジョンガリアーノのもとに、異例をみないメンズラインを発表し続けています。現在、日本ではバーニーズニューヨークなどで購入可能です。

クリスヴァンアッシュ

クリスヴァンアッシュは、1998年にアントワープ王立美術アカデミーを卒業し、イヴサンローランのメンズラインのデザインアシスタントとして、デザイナーのキャリアをスタート。この頃のイヴサンローランのデザイナーは、後にディオールオムのデザイナーとなるエディスリマンでした。ディオールオムを立ち上げるときは、エディスリマンをサポートする形で手伝いました。そして2005年1月にクリスヴァンアッシュは自身のブランドを発表し、2005−2006A/Wシーズンよりパリコレクションに参加。2007年S/Sシーズンより、レディースラインもスタートします。

そして2008S/Sシーズンより、エディスリマンに代わり、クリスヴァンアッシュがディオールオムのクリエイティブディレクターに就任しました。クリスの手掛ける新生ディオールオムでは、これまでにあったフレグランスとスキンケアのラインは排除し、ウェアとバッグ、アクセサリー類に集中したラインになります。

日本では、新宿の伊勢丹がデビュー間もない時期から取り扱い、雑誌媒体でも人気デザイナーとして所々で紹介されています。クリスヴァンアッシュの作風は、〝さわやかなセクシーさの香る大人の男〟のイメージです。テーラリングの技術力も高く評価されており、その中にクリス独特の遊び心をとりいれたディテールや素材へのこだわりがあります。

アンダーカバー 高橋盾

高橋盾

アンダーカバーの創立者である高橋盾は、1989年に文化服装学院アパレルデザイン科に入学。在学中より、市ノ瀬弘法とアンダーカバーをスタート。1991年に同校を卒業すると同時に渋谷クワトロの〝ビリー〟にて服の卸を始めます。1993年にA BATHING APEのNIGOとともに原宿にショップ〝NOWHERE〟をオープン。1994年より、東京コレクションにてショー形式で自身のコレクションを発表するようになります。同年に有限会社アンダーカバーを設立。1995年に初のオンリーショップ〝NOWHERE LTD〟をオープン。同時にメンズとレディースを展開し、毎日ファッション大賞で新人賞を受賞します。2001年には、同社を株式会社アンダーカバーにし、2003年よりパリコレクションに発表の場を移します。

高橋氏自身が音楽、特にセックスピストルズから多大な影響を受けており、クリエイションにもパンクなスピリットが反映されています。また、学生時代には、BOUNTY HUNTERの岩永ヒカルとともに東京セックスピストルズというバンドも組んでいた経験があります。現在は、ドイツのパンクなどにかなり影響を受けているそうです。高橋氏自身は、アンダーカバーのデザインについてストリートとモードの間に存在する服と語っています。影響を受けたデザイナーは、コムデギャルソンの川久保レイだそうです。

ラフシモンズ

1995年にデザイナーラフシモンズにより設立。大学時代、興業デザイン学校で写真やビデオを学んでおり、正規のファッション教育は受けていません。学生時代にW&LTのをルターヴァンベイレンドンクのもとで受けた研修により、ファッションの世界に興味を持ちはじめます。大学卒業後は、家具のギャラリーで2年間務め、インテリアデザイナーとしても活躍していましたが、徐々にファッションの方に関心が向いて独学で服作りを始めます。

また、アントワープ王立芸術アカデミー出身のマルタンマルジェラに影響を受けて、同校へ入学。1995年より、ミラノの展示会でプレゼンテーション形式のコレクション発表をスタート。1997年よりパリのメンズプレタポルテコレクションに参加。その後、1999−2000A/Wシーズンを最後に、1シーズンコレクションを休止。

2003年より、ジルサンダーのクリェイティブディレクターに就任。自身のブランド、ラフシモンズも再スタートし、これまでメディアに顔をださずにいたが、これを機に自身も雑誌インタビューなどで積極的に登場することになりました。現在、セカンドライン〝ラフバイラフシモンズ〟の販売を日本でもスタートし、ファーストラインのラフシモンズと同様に人気のブランドです。

ベルンハルト•ウィルヘルム

ベルンハルト•ウィルヘルムは大学で産業工学を学んだアロ、トーリアのカレッジでファッションを学びます。その後、アントワープ王立美術アカデミーでファッションを学ぶ間、休暇を利用して、様々なデザイナーのもとで経験を積んでいきます。アレキサンダーマックイーン、ヴィヴィアンウエストウッド、ダークビッケンバーグ、ウォルターヴァンベイレンドンクなどのビッグメゾンが名を連ねます。1998年に同校を首席で卒業し、ただちにアントワープ内にオフィスを構え、1999S/Sのパリコレクションでデビューします。2001年には、モエ•エ•シャンドン賞を受賞しています。

ベルンハルト•ウィルヘルムの作風は、ストリートカルチャーをふんだんにモードに取り入れミックスさせているところにあります。アメフト、アフリカンカルチャー、ミリタリー系、日本のコギャル、とび職人など、シーズンごとに様々です。デザインは、奇抜で、大胆なものが多いです。日本の若者には一部で熱狂的なファンがおり、価格が高いわりに日本では好評な売れ行きのようです。日本では、ビアバスストップやパルコをメインに取り扱いされており、ベルンハルト•ウィルヘルム自身もたびたび日本に訪れているようです。その際には、新作をインスタレーション形式でプレス向けに発表したり、東京を散策したりしているようです。

彼の洋服は、決してリアルクローズではありません。むしろアートに近いといったほうが良いかもしれません。万人うけするものではありませんが、見ていて、着ていて楽しい服であり、そしてシーズンごとに繰り広げられる彼だけのユニークな世界観からはこれからも目が離せないでしょう。

ジェレミースコット

ジェレミースコットはアメリカ、ミズーリ州のカンザスシティーに生まれ、幼い頃よりファッションに興味を示していました。ニューヨークのプラット•インスティチュートでファッションデザインを学び、同校に在学中インターンでジャンポールゴルチエのアトリエで働いた経験があります。卒業後パリに渡り、1997年に自身のブランドジェレミースコットを立ち上げます。パリコレクションでの発表を続けますが、2002年にはロサンジェルスに拠点を移し、ハリウッドを視野に入れ出します。

ニューヨークコレクションに参加していましたが、2007年より、再び活動の場をパリに移しました。親日家であることでも有名なジェレミースコットはしばしば日本を訪れており、クラブでの音楽イベントなどでDJをしたりしているそうです。彼の作風は、いつも物議を醸し出すことが多く、賛否両論です。メンズウェア、レディースウェアも共に、ユニセックスなスタイルで、ロゴのプリントに非常に強いこだわりを見せています。

ビヨーク、クリスティーナアギレラ、カイリーミノーグやマドンナなどのセレブにも愛されているブランドで、ジェレミースコット自身のデザイナーとしての人気がうかがえます。世界の最も重要なデザイナーのランキングで、ポールマッカートニーの娘であるすてらマッカートニーや、ロンドンの革命児と呼ばれてきたアレキサンダーマックイーンよりも、上位にあげられるほど世界で重要な位置にいます。

ヴィクター&ロルフ

デザイナーは、ヴィクターホスティンとロルフスノランのデュオで、ヴィクター&ロルフの歴史は1993年のヨーロッパ新人デザイナーコンテストにはじまります。ここで、プレス賞、レディースウェア部門最優秀賞、そしてイエール市賞と3つの賞を同時に受賞します。1998年にパリのオートクチュールコレクションに招待されて参加します。2000−2001A/Wシーズンよりプレタポルテコレクションに参加し、2003−2004A/Wシーズンより、本格的なメンズウェアコレクションをスタートします。 ヴィクター&ロルフ

メンズウェアのコレクションでは、ヴィクターとロルフ自身がモデルとなり、キャットウォークを闊歩して話題となりました。モデルが二人しかいないので、着替えている間の舞台裏の様子も観客に見れるようにし、前代未聞のプレゼンテーションとなりました。メンズラインは、基本的に自分たちに似合う服づくりをコセプトにしているようです。長身で細身の二人は、まるで双子のようにそっくりでビジュアル的に彼ら自身がメンズのイメージに合っています。

2006年には、H&Mとコラボレーションした商品を同店で発売し、発売初日の開店時には大蛇の列が出来るほどの盛況ぶりでした。2006−2008年の間、イタリアのブランド、アレグリとのコラボレーション商品を展開していく予定です。