メンズファッション流行・トレンド情報

スポンサードリンク

ネクタイとアクセサリー編

ネクタイ

日本でネクタイと呼ばれるそのアイテムは、米国ではネックウェアと呼ばれ、イギリス、フランスではクラバット、イタリアではクラバッタ、そしてどいたうではクラバッテと呼ばれています。 この語源、フランスのルイ14世が近衛騎兵として出仕したクロアチア兵が首に巻いたのが今日のネクタイの姿だといわれています。 時は過ぎ、1800年代に入り、メンズファッションの中心はイギリスとなります。1815年にナポレオンが大敗し、セントヘレナに送還されたころ、ロンドンんはまさに時のファッションリーダー、ボー•ブランメルがいました。彼は、ネクタイの結び方に非常にこだわりをもっており、彼の影響から世間一般の紳士たちの間でもネクタイの結び方に対する意識が高まり、コーディネートの善し悪しを左右する基準にまでなりました。

1871年には、ボウタイが養生した同じ頃アクセサリーとしてはパナマ帽などが登場しました。 第一次世界大戦後には、当時のイギリス皇太子であった後のウィンザー公がアメリカを訪問しました。このときの彼の装いは、青と深紅のストライプに紋章を施したネクタイを取り入れており、これがアメリカのメンズファッションに多大な影響を与えました。 1935年にはポークパイハット、1948年にはボールドタイが流行し、相反するようにその3年後の1951年、ナロー&ニートタイが流行しました。 後のアイビールックの流行により、アイビーキャップと呼ばれるものが誕生し、ワイドベルトと呼ばれる極太のベルトが流行するなど、ファッションの脇役としては欠かせないこれらのアイテムは社会的な歴史とともに必要に応じて変化を遂げてきました。

ジャケットパンツの歴史

ジャケットとパンツの歴史をここでは年表で紹介します。

1807年 トラウザーズが流行
1823年 フライフロント登場(現在のファスナー空きのパンツの前部分をさす)
1840年 フライフロントが一般化
1848年 ラウンジジャケットが登場(リラックスしてくつろぐための服として考案された)
1861年 ニッカポッカーズが登場(日本でいうボンタンをさす)
1870年 ショート丈のラウンジジャケットが登場
1876年 パンツのシルエットがゆったりめになってゆく
1890年 ブレザー大流行
1908年 オーバーサイズのジャケットが流行
1926年 オックスフォードバッグズが流行(ゴルフウエアとして愛用されたダボッとしたパンツ)
1930年 ホワイトのスポーツジャケットが流行
1936年 フルカットパンツが登場
1949年 盛夏用の薄手のジャケットが登場
1955年 チノーズ登場
1966年 ベルボトム台頭
1968年 サファリジャケット復活
1974年 パンツのシルエットが多様化
1984年 グルカショーツの登場
その後、80年代から90年代にかけてパリ、ミラノ、ニューヨーク、東京などのデザイナーズブランドにより、メンズファッションは多様化していきます。

スーツ編パート①

現在のスーツが確立されたのは約150年ほど前になります。19世紀に登場したラウンジスーツなど、本来はくつろぐための服として作り出されました。 発祥から、どのように移り変わってきたのかを見てみましょう。 さかのばると、16世紀後半にマカロニ族がロンドンに現れたことにスーツの歴史ははじまります。イタリア帰りの英国青年がマカロニクラブをつくり、そこから生まれたファッションが、近代のファッションの先駆けとなりました。その2年後、マカロニスーツと呼ばれるものが登場します。これは、当時の一般的なスーツと比べると、非常にタイトで社会から物議を醸し出したそうです。次いで、ダブルのフロックコートやテイルコートが登場します。

17世紀前半には、3ピースのスーツが作り出されました。それまでは、職人たちが手縫いで制作していたため1845年のミシンの発明は画期的なものだったといわれています。 日本では、1868年にはじめて背広としてスーツが紹介されました。5年後の1873年にはビジネススーツが登場し、この頃スーツのパンツにニッカーポッカーズ型のものがでてきたりと、バリエーションが進みました。 背広という言葉の語源が、イギリスのロンドンにあるサヴィルローというスーツの仕立て屋が並ぶ通りの名前にちなんで、日本語風に平たくいって、サヴィルロー→セビロとなったそうです。

スーツ編パート②

日本では、幕末から明治にかけて、西洋文明を取り入れようという積極的な取り組みが行われる中で、人々はそれまでの日常着であった着物とはまたちがう洋服の機能性に目覚めはじめます。 1872年に、福沢諭吉が慶応義塾内に洋服仕立て局というものを設立したことは日本人男性の洋装化を一気に広めることになりました。

スーツ

19世紀に入ると、さらにスーツのスタイルは多様化していきます。 グレンプレードスーツ、ロングロールダブルブレステッドスーツ、イングリッシュドレープスーツなどが次々に登場し、日本にもその流行は取り入れられました。 1948年には、アメリカでのアイビールック流行により、日本ででは、VANを中心にアイビールックの一大ブームとなりました。 1961年には、パリのデザイナー、ピエールカルダンのカラーレススタイルのジャケットがトレンドとなり、その後モッズスタイルやニューイタリアン、ギャツビールック、ブリテッシュアメリカンルック、ニューヨークトラッドなど、ジャケットを中心としたさまざまなコーディネートの提案がされるようになり、現在に至ります。 昭和の始め、日本では背広を着ることは一人前の男であるという証しだったといわれています。

靴編パート①

靴の前身となるものは、エジプトで紀元前2000年にはじめて登場しました。これは、今でいうサンダルのようなもので、王や王女たちは、金銀宝石で装飾されたものを履き、一般人は裸足であるという階級を表す方法として当初は使われていました。 その後紀元前100年頃、古代ローマでスリッパが登場。14世紀にはいると、つま先の尖った長い靴、クラコーがでてきました。15世紀には、現在ファッションアイテムとしても人気のクロッグが雨の日のオーバーシューズとして使われるようになります。 1590年にはじめてヒールが誕生し、ハイヒールというものができ、この頃は男性も女性と同じようにヒールのある靴を生活の中で履いていました。

1700年代になると、紐つきの靴が出てきて話題となり、その後世界各地で、さまざまなバリエーション が生み出されることになります。 1800年代前半には、クラークスやトリッカーズといった靴の老舗メーカーがせつりつされ、後半にさしかかるとバリーやジョンロブも創業されました。 日本でも1872年に現大塚製靴である大塚商店が設立されます。 1900年代に入るとボタン止めの深靴が登場します。リーガルやティンバーランドもこの時期にできたブランドです。

靴編 パート②

1907年には日本皮革が設立され、洋服文化とともに靴産業が発展しはじめます。 同じ頃アメリカではコンバースが登場します。 1945年には、西ドイツの医学博士、クラウス•マーチンがドクターマーチンソールを発案します。 同じ頃、日本では靴のファッションショーがはじめて行われ、その直後には世界的ブームを起こしていたロックバンドのビートルズがチェルシーブーツを履いて、日本にも来日し、同じスタイルのものが大ヒット。

その後、60年代に入るとナイキやプーマなどのスポーツシューズがちょっとしたブームになります。 1966年には、グッチがビットも過信を発表し、大流行。60年代後半からは、ブーツが世界中で主流のトレンドとなりました。ファッションの移り変わりとともに、メンズファッションが今までになく華やかになると、エナメル革の靴が流行り出しました。 その後、ロングブーツやデザートブーツ、ゴルフシューズなどが、メンズウェアの進化とともにバリエーションの幅を広げていきました。

ジーンズ編

ジーンズといえば、リーバイスですが、このリーバイスが設立されたのは1860年のことで、その歴史は今から140年ほどさかのぼります。 もとは作業着としてアメリカで愛用されていたジーンズは、どのようにファッションアイテムのひとつとして変貌していったのでしょうか? リーバイスのリベット留めは1873年に特別申請され、トレードマークである2匹の馬のレザーラベルがウエストバンドの後ろ部分につけられたのは、それから、13年後の1886年のことでした。 1890年には、501というロットナンバーがつけられ、1905年には日本での商標登録が行われることになり、やっとジーンズが我が国に上陸したわけです。 ジーンズ

リーバイスの影響で、その他の海外デニムブランドであるLEEやEDWIN、ラングラーなどが登場し、日本でもビッグジョンの創始者、尾崎小太郎が1937年にデニムの縫製業をはじめます。 1954年にはそれまで、ボタン止めであったフロントの空き部分がファスナーに変えられたバージョンの501が発売されました。 1959年頃には、リーバイスは本格的にヨーロッパへの輸出業を開始します。同じ頃、アメリカでホワイトジーンズが大流行し、話題となります。 その後、カラージーンズや立体裁断でパターンがつくられたものなど商品開発は現在に至ってけいぞくされています。

バッグ編

日本でバッグと呼ばれるものがはじめて作られたのは明治初期だといわれています。オランダ語の〝カバス〟や中国語の〝ちあばん〟をその言葉の由来としています。 その昔、18世紀ごろに現在のバッグのような形の箱に取っ手がついたものがはじめてでてきました。スーツケースと呼ばれる類いのものは、その後19世紀に入り登場しポルトマントゥと呼ばれました。 19世紀半ばになると、ヨーロッパの王室ではそれまで王室専門のバッグ職人であった人々が次々と独立します。ルイヴィトンのバッグが作られたのもこの頃だといわれています。

当時は、船に乗り、長時間の旅行をすることが多く、巨大で頑丈なトランクが求められました。 鉄道の発達により、旅行の時間が短縮されるとともに、徐々にバッグのサイズも小さくなっていきました。1930年には、リュックサック、ゴルフキャディバッグが作り出され、1935年には我が国のバッグブランドを代表する吉田カバンの前身である、吉田が吉田吉蔵によって設立されます。

1941年には、コーチがニューヨークでスタートし、その後続々と海外のバッグメーカーが登場することになります。 1965年のハンティングワールド、1976年のLL.ビーンやノースフェイスなどのアウトドアブランド、1994年のナイキ、プーマなどのスポーツブランドなどの登場によりバッグは時代とともに進化し続けてきました。